言語聴覚士の読書ノート

言語、脳、失語症を考える

短時間でも継続的なリハビリが慢性失語症に効果

今日は発症後一年以上経過した失語症患者への言語リハビリの効果を、一回の時間と継続期間の視点から検討した論文をご紹介します。

 

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/29273692/?i=21&from=aphasia

——————————

目的

これまで、慢性期失語症のリハビリの効果のエビデンスを示す研究はあった。ここではさらに、最適な1日のリハビリ時間とリハビリ期間に関して調べた。

 

方法

脳卒中発症後一年以上経過した失語症患者を無作為に分け、一方には1日4時間、他方は1日2時間の言語療法を行った。両群とも、事前の待機期間の後、2回の訓練フェーズを設けた。

 

結果

各群15人合計30人から結果を得た。失語症検査の結果では、訓練後は両群とも有意に成績が上がった。一方行動コミュニケーション検査では、待機期間と第1フェーズ後では同様の結果が出たが、第2フェーズ後は1日2時間リハビリ群だけが得点が上がった。

 

結論

以上の結果から、4週間の期間の中では、1日あたりのリハビリ時間を2時間以上に増やすよりも、リハビリの期間を増やす方が慢性期失語症が回復に効果があることが明らかになった。

 

———————————

 

発症後時間がたっていても、1日少しづつでも、言語リハビリを継続すると、失語症改善に効果があるということのようですね。

携帯電話の文字入力困難が失語症状になりうる可能性

私がときどき読んでいるロシア人のブログに言語聴覚士として興味深い記事がありました。


http://blog.livedoor.jp/choko_tanya/archives/2047483.html


その方はロシアと日本で子育てをされてきたそうなのですが、日本の子供の方がロシアよりも文字を覚えるのが早いということです。


これは、ひらがなとアルファベットの違いにあるようです。それらの文字は音を表す単位が違うからだろうということなのです。

例えば「ヌ」という音を表すとき、ひらがなでは「ぬ」と1文字でいいのに対し、アルファベットでは「n」「u」の組合せとして把握しなくてはなりません。


言語学的な話をすると、子音と母音の組合せである例えば「nu」は音節といい、それぞれの子音「n」や母音「u」は音素と言いますが、人間にとってより自然で容易なのは音節の方らしいのです。


つまり、音素を表すアルファベットは音節を子音と母音に分解するという工程が入るため、音節を表すひらがなよりも難しいようです。その分少ない文字の種類で表すことができるので、総合的にどちらが難しいということはないのですが。


このブログの記事を読んで、以前私が担当した患者さんを思い出しました。

脳梗塞で発症当初は失語症状があったそうなのですが、その時には特に症状はないという方に、言語療法のオーダーが出されたというケースでした。

実際お会いして、会話もスムーズ、文字も漢字もかなも読み書きとも問題なし、標準失語症検査でも失語症は検出されませんでした。そこで何か困っていることはないかと聞いてみたところ、携帯メールで文字が打てなくなった、という答えが返ってきました。手書きであれば、自分の思っていることを文章で書くことができるのにです。


ここで思い出したのが、音節と音素の関係です。日本語で文字を書くとき、音節までわかっていれば、書くことはできます(正確には日本語のかな文字の単位はモーラといいます)。しかし携帯電話(ガラケーでもスマホでも)の文字入力は「ぬ」であれば、「な」行の「う」列ということがわからなければ入力できません。つまり、音節「ぬ」を音素n+uに分解できなければ困難となります。


実際に、その方は音節の音素への分解が困難であるということがわかりました。訓練では「あかさたなはまやらわ」と「あいうえお」だけ書かれその他の文字は空欄の五十音表を使って訓練をしました。徐々に改善して最後は奥様と携帯でメールのやり取りができるようになりました。


このように、失語症が相当回復し、従来の方法ではそのように診断されなくても、ハイテクツールを使って文字入力などをする際には問題が残存するという状況は、今後増えてくるのかも知れません。


脳卒中の後遺症でなかなか外に出られないという方でも、ネットを通じて人とつながることは、生活の質を上げるうえで今後ますます重要になってくると思います。そのような意欲がある方が、文字入力でつまずいていないか配慮し、必要なリハビリを提供できるようにできればいいなと思いました。

退院後の失語症者を考えた支援

昨日、日本失語症協議会主催の「失語症理解入門講座」に参加してきました。


会費は資料代の実費のみの5百円で、開催側は手弁当で来てくださってたと思うのですが、内容はとても充実していました。実際的でわかりやすく無駄がないすばらしいものでした。


言語聴覚士向けではないのになぜこの講座に出たかというと、これまで病院で失語症者の言語訓練をしてきましたが、退院後のことはあまり知らないなと思ったからです。


実際講演を聞いてみて、病院で自分がやってきた言語リハは、機能訓練に偏りすぎだったかも知れないなと思えてきました。


この講演の中で例として挙げられていた、失語症者の困りごとで、こんな場面がありました。待ち合わせをする時に、失語症者の方は時間を2時だと言ったつもりだったのですが、実際には12時と言っていました。12時に来て長いこと待っていた相手がカンカンに怒ってしまった、という話です。


もしこのようなことが続けば、もともと家に引きこもりがちな失語症の方はさらに社会と接触する意欲をなくしてしまうでしょう。


こうしたことは文字で確認しあったり、スマートホンなどのツールを活用したりすることである程度防げると思うのですが、なかなかそういった場面を想定したリハビリはできていないです。


発症後まもない入院している時期は、回復力も高いので、機能訓練に集中したいという部分もあるのですが、そこからご自宅などに戻るためのクッションはもう少し入れた方がいいのかなと思いました。


今回いろいろ役に立ちそうな情報をいろいろもらったのですが、その中で特に目からウロコだったのは、失語症者の理解状況を確認するために、本人の答えと反対の質問をするというものがありました。


例えば、「ご飯を食べましたか?」とたずねて「はい」と答えたとき、本当にご飯を食べたか確認するために、「まだご飯を食べていませんか?」と聞いて「いいえ」と答えられるかかどうかを確認するのです。特に大事なことを確認したい時にはやってみようと思います。


失語症の方も来てくださって、コミュニケーションの練習もさせてくださり、とてもよく考えられていて、開かれたいいセミナーでした。

言語機能における小脳の役割

今日は小脳の言語機能について書かれたレビュー論文をご紹介したいと思います。


2017年のこちらの論文です。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/28987056/?i=19&from=aphasia

------------------------------------------

小脳は最近まで運動や視覚と運動の調整、バランス感覚などと結びつけられてきたが、認知機能とも深い関わりがあることが明らかになってきた。

小脳は言語機能とも関わりがあるようだ。例えば野菜の名前をできるだけたくさんあげるとか、「か」がつく言葉をあげるような語流暢性という機能や、文法の表出や理解をする機能、言語的誤りを特定・修正する機能、文字を書く機能を小脳が担っているということが最近の研究で示されている。

小脳と大脳皮質の連絡や小脳の構造的異常が発達性読み書き障害の理論でも強調されている。

脳解剖学的に見ると、右小脳は大脳皮質の言語野と複数の連絡があり、言語機能に重要な役割をしていることがわかってきた。小脳の損傷によって引き起こされる言語障害は、たいてい無症候性のもので、高い言語機能を評価する神経心理学的検査方法を用いる必要がある。

------------------------------------------


私も、小脳と失語症をあまり結びつけて考えてきませんでした。しかしこれまで小脳損傷で言語機能の低下が見られた方を担当したことがありました。構音障害も合併していたこともあり、正直その時最初は失語症を見逃していました。


しかしブローカ野やウェルニッケ野などのメジャーな言語野が言語機能に重要な役割をしていることは間違いありませんが、言語というものは非常に多くの領域がかかわっているのだということがわかります。先入観を持たずに、丹念に患者さんの言語機能を見ていく必要があると感じました。

外国人アクセント症候群は実在するのか?

今日は日本神経心理学会に参加してきました。

横浜市立大学の東山雄一先生らによる、外国人アクセント症候群に関する大変興味深い発表を聞いてきましたので、シェアしたいと思います。ちょっとマニアックですが。


外国人アクセント症候群(foreign accent syndrome: FAS)とは、脳卒中などにより、他者から外国語のようだと違和感を持たれるような話し方になってしまう症状を言います。

失語症が合併することもあればしないこともあります。


今日の発表の中で言われていたのは、FASの中でも、日本では、英語のようになる方と中国語のようになる方に分かれるそうです。

両者の症状をより詳しく調べてみると、英語のようになる場合は音の長さに変化があり、中国語のようになる方は、音の高さの位置が変わることによって、そのように聞こえることがわかりました。


一方FASのメカニズムとして、発語失行の代償なのではないかという説があります。確かに音の長さや高さの変化である点や、比較的若年者が多いことを考えると一理あります。


この発表では、そのような発語失行との独立性を病巣から検討しています。病巣と言っても単純な病巣ではなく、損傷を受けた領域に関係する神経の伝導露から関連する脳領域を推察するという手法を使っています。

その結果、中心前回中部が責任病巣と特定されました。中心前回下部の発語失行とは独立した症候群として考えることも可能であるということです。


FAS言語聴覚士でも10年に一度出会うか出会わないかという頻度なのだそう。私は一度、自分の担当ではありませんが会いました。英語型でした。FASだからと言って何か特別なセラピーがあるというわけではないので、診断はそれほど重要ではないのかも知れません。


しかし第二次大戦下で、ドイツ語なまりのようになってしまったノルウェー人が敵国人と見られて迫害を受けたという事例があるそうなので、一つの症候群として認識されていることは重要なのでしょう。

失語症改善にはどの課題を重点化したらよいのか

今日は日本の論文をご紹介します。2014年に高次脳機能研究に掲載された東川・波多野によるものです。


失語症の言語治療効果に関する因子分析研究

https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/34/3/34_291/_pdf


この研究では、失語症が回復するメカニズムを調べるために、日本で最もよく使われている標準失語症検査の結果を、治療前ー治療後で比較することによって、その因子を抽出しています。


その結果、第1改善因子は、「非変換的な言語産生と複雑な情報処理の因子」というもので、失語症の中核的改善因子と解釈されています。

一方、第2以下の改善因子は、それとは対照的に、聞く、読む、書くといった言語の様態や課題の種類の個別性の高い因子であったとのことでした。


ここでいう「非変換的」とは、例えば音読の時に視覚的に入力された文字言語が、音声言語に変換されるが、このような視覚から音声へといった言語様態の変換を含まない、自発的な表出という意味です。


このことから筆者は、失語症のリハビリでは、絵を見て名前を言う呼称や、絵を見てその名前を書く書称などを中心に行うべきであるとしています。



これを読んで、確かに呼称や書称などの課題に含まれる、意味から言語への変換は言語機能の本質だと思いました。

実際の自分の経験でも、呼称が一番改善幅が大きいように感じるので、納得感がありました。

脳卒中を生きる意味ー病いと障害の社会学

今日は、こちらの本をご紹介したいと思います。


脳卒中を生きる意味ー病いと障害の社会学

https://www.amazon.co.jp/脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学-細田-満和子/dp/4902249227


本書は脳卒中により障害を負った27人の方とそのご家族にインタビューし、発症時点から病気のフェーズごとに生の声を載せています。


闘病記というと、家族の助けによって立ち直った美しい話を思い浮かべるかもしれませんが、この本はそういう話ばかりではありません。


脳卒中により妻に離婚されたり、離婚されなくても「死んでくれた方がよかった」と言われていたりと、きれいごとではない、リアルな脳卒中の現実が書かれています。


リハビリ提供側が問題とすることの中に、本書でも取り上げられている「障害受容」という言葉があります。患者さんがリハビリに取り組むためには障害受容が必要だと考えるわけです。


しかしこの本を読んで、障害を受容してないからこそリハビリをがんばれるという側面もあるのだと思いました。


多くの人は、何年もかかって、決してカッコよくなく、絶望と希望の間をもがきながら、折り合いをつけていくものなのです。


そしてその境地に到達した人は、成功し風を切って歩いた病前の自分よりも、強く優しく深い人間性を獲得できるのだと思いました。


人間の「しぶとさ」「しなやかさ」を感じることができた一冊でした。


脳卒中にかかわる以外の人にも読んでほしいです。