言語聴覚士の読書ノート

言語、脳、失語症を考える

口の動きが語想起の手がかりに

失語症のリハビリでは、絵を見せてその絵に描かれた物の名前を言ってもらう課題をやってもらうことがよくあります。このような課題を「呼称」と言います。


呼称課題でなかなか正解が言えないときに、言語聴覚士は、すぐに正解を教えるわけではなく、ヒントを出していきます。

すぐに正解を言ってしまうと、言葉を思い出す練習にならなくなってしまうからです。


このようなときによく使うヒントに語頭音というものがあります。リンゴだったら「リ」、ネコだったら「ネ」と、その言葉の最初の音を言ってあげるのです。


また、語頭音だとヒントとして強力すぎるので、語尾音を提示するという手法もあるようです。リンゴだったら、「んんご」と、音の数もわかるように言ってあげます。


このようにヒントの出し方を変えるのは、その患者さんが「がんばればできる」というぎりぎりの難易度にすることが、リハビリとしての効果を上げるために重要だからです。


それ以外に、リンゴだったら「果物」、ネコだったら「動物」など、意味的な手がかりを出しては、と思う方もいらっしゃるかも知れません。


まったく使わないことはないのですが、失語症の方は、絵に描かれたものが何かわからなくなってしまっているわけではないので、意味ヒントはあまり有効とは言えず語頭音などの音のヒントに較べると使う頻度は低いようです。


だいぶ前置きが長くなってしまいましたが、今日は、このような呼称で使うヒントのうち、音や意味以外でヒントになりそうなものについての、英語で書かれた論文をご紹介したいと思います


声を出さない視覚運動手がかりのブローカ失語の語想起における効果  -パイロットスタディ

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/28813817/


(内容)

4人のブローカ失語患者について、声を出さずに口の動きだけを見せてヒントとした群と、そのようなヒントを与えなかった群を8週間のリハビリ後に比較。その結果口の動きを見せた群の方が語想起のレベルが上がった。


というものです。

言語音の知覚と発音は強く結びついているとする最近の説を支持する結果となっています。

パイロットスタディということで症例数は少ないので、この結果だけをただちに鵜呑みにはできませんが、口の動きをヒントの難易度を調整する一つのアイテムとして、使ってみてもいいかも知れません。