言語聴覚士の読書ノート

言語、脳、失語症を考える

携帯電話の文字入力困難が失語症状になりうる可能性

私がときどき読んでいるロシア人のブログに言語聴覚士として興味深い記事がありました。


http://blog.livedoor.jp/choko_tanya/archives/2047483.html


その方はロシアと日本で子育てをされてきたそうなのですが、日本の子供の方がロシアよりも文字を覚えるのが早いということです。


これは、ひらがなとアルファベットの違いにあるようです。それらの文字は音を表す単位が違うからだろうということなのです。

例えば「ヌ」という音を表すとき、ひらがなでは「ぬ」と1文字でいいのに対し、アルファベットでは「n」「u」の組合せとして把握しなくてはなりません。


言語学的な話をすると、子音と母音の組合せである例えば「nu」は音節といい、それぞれの子音「n」や母音「u」は音素と言いますが、人間にとってより自然で容易なのは音節の方らしいのです。


つまり、音素を表すアルファベットは音節を子音と母音に分解するという工程が入るため、音節を表すひらがなよりも難しいようです。その分少ない文字の種類で表すことができるので、総合的にどちらが難しいということはないのですが。


このブログの記事を読んで、以前私が担当した患者さんを思い出しました。

脳梗塞で発症当初は失語症状があったそうなのですが、その時には特に症状はないという方に、言語療法のオーダーが出されたというケースでした。

実際お会いして、会話もスムーズ、文字も漢字もかなも読み書きとも問題なし、標準失語症検査でも失語症は検出されませんでした。そこで何か困っていることはないかと聞いてみたところ、携帯メールで文字が打てなくなった、という答えが返ってきました。手書きであれば、自分の思っていることを文章で書くことができるのにです。


ここで思い出したのが、音節と音素の関係です。日本語で文字を書くとき、音節までわかっていれば、書くことはできます(正確には日本語のかな文字の単位はモーラといいます)。しかし携帯電話(ガラケーでもスマホでも)の文字入力は「ぬ」であれば、「な」行の「う」列ということがわからなければ入力できません。つまり、音節「ぬ」を音素n+uに分解できなければ困難となります。


実際に、その方は音節の音素への分解が困難であるということがわかりました。訓練では「あかさたなはまやらわ」と「あいうえお」だけ書かれその他の文字は空欄の五十音表を使って訓練をしました。徐々に改善して最後は奥様と携帯でメールのやり取りができるようになりました。


このように、失語症が相当回復し、従来の方法ではそのように診断されなくても、ハイテクツールを使って文字入力などをする際には問題が残存するという状況は、今後増えてくるのかも知れません。


脳卒中の後遺症でなかなか外に出られないという方でも、ネットを通じて人とつながることは、生活の質を上げるうえで今後ますます重要になってくると思います。そのような意欲がある方が、文字入力でつまずいていないか配慮し、必要なリハビリを提供できるようにできればいいなと思いました。